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コラム
 

本能を目覚めさせる大切さ

 私はここ数年、毎月海外に出ていました。海外と言っても、普通の観光客が行くような心地よい場所ではありません。電気や水道もなく、衛生状態は最悪、守ってくれる人もいないような、いわば辺地と言われるような場所ばかりです。
 そこで長期に取材活動をし、生活をし、無事に戻ってこなければいけません。この『無事』という結末がなければ、仕事は完了しません。
 辺地には様々な危険が待ち構えています。感染症、事故、事件、天変地異など、決して予測できないものばかりです。
 事故や事件に対しては、注意さえしていれば、ある程度は防げます。しかし、天変地異、たとえば地震、火事などは防ぎようがないので、これは運を天に任せるしかありません。
 一番身近な問題は、病気、感染症です。 
 海外を歩いていて、日本人の弱さを見せ付けられることがよくあります。同じものを食べたのに、他の国の人は平気で、病気になるのは日本人ばかり。
 これはどうしてなのでしょう。その原因を考えると、過保護に育てられる日本人の構造が読み取れます。

 人間は、生まれながらに五感を持ち合わせています。その発達具合は人によっても異なりますが、ほうっておいても、生命を維持するのに最低限必要な発達は見られます。
 問題は次の段階です。ヒトとして生きてゆくための「能力」が必要になります。能力とは、自己防御、生命維持、知恵など様々です。これらは、ヒトが潜在的に持ち合わせている『本能』とも言うべきものです。
 能力は五感とともに発現し、発達してゆくと私は考えています。ところが、能力は人によって発達の度合いに大きな差がでてきます。それは環境や教育など、外的な要素が大きくかかわってくるからです。
 あまりにも過保護にすると、潜在している能力が発現しなくなることが多々あります。
 今は子供を大切にするあまり、危険から子供を遠ざけようとする親が多く見られます。あれしちゃ駄目、これしちゃ駄目、の親の姿を良く見かけます。危険なことを危ないと知っているのは親です。子供は「何がどう危ないか」を知りません。これではいつになっても「危険」が理解できず、親がいなければ「危険」を認識できないままで成長しなければなりません。
 こう書くと、あえて子供を危険にさらせばいいのか、という反発を食らいそうです。
 私は、小さな危険を黙認することも必要だ、と言いたいのです。

 私が子供の頃、走っているトラックやバスへの飛び乗りや、ナイフを使うことは、どの子供でもやっていました。トラックに飛び乗ることは小さな危険とは言えませんが、子供たちは既に身を守る方法を体得していたのです。大人も黙って見過ごしてくれていました。しかし事故を起こす子はほとんどいなかったし、指を切っても、その痛さが次の注意を喚起することにつながっていたのです。

  私は、子供たちと野外観察会をする時に、観察した木の実を口にすることを実践しています。もちろん、木の実にはかぶれるものや、毒性を持つ種類があるので、十分な知識をふまえてのことです。
 その時の原則として、噛む時は、まず前歯で噛んで、少しなめる、決して飲み込まないこと、もし違和感や苦味,痺れなどを感じたらすぐに吐き出して、口をよくゆすぐことです。食べられるとわかっている木の実は、子供の状況を良く見た上で、何も言わずに食べさせています。
 これをくり返していると、子供たちは木の実の味を覚えてゆきます。苦さを知り、渋さを知る良いきっかけになります。同時に、味覚や触覚がどんどん研ぎ澄まされ、野菜の苦味や青臭さも美味しいと感じる感覚を身につけてゆきます。防衛本能が発達するのはいうまでもありません。その証拠に、食べられないものを自分で判断できるようになるのです。
 もちろん、これまで一度も事故はありません。子供たちは食べられる木の実を覚え、味覚を楽しみにつなげてゆきます。
 これはひとつの例に過ぎませんが、子供の中に潜在している能力を引き出すのも殺すのも、環境と大人の意識にかかっています。
 赤ちゃんが何でも口にくわえてしまうのは、味覚と触覚の発達が、生きる上で最重要であることを示していると思います。この発達を台無しにしてはいけません。
 害があるかないかを入り口で判断することで、重篤な事態になるのを防ぐ、という意味があるように思えます。

世界を知るには料理が一番(パダン料理=スマトラ)

 外国で「こんなもの、食べられるの。」とか「食べても大丈夫なの。」と現地食を及び腰と疑いのまなざしで見つめる日本人がいます。もちろん衛生状態は保証できませんからそれも必要ですが、無知からくる恐れは旅の楽しみを奪い、現地の人に対しても失礼です。敏感な五感で判断し、能力と免疫力が備わっていれば、簡単には病気になりません。
 私は病弱な子供でしたが、海外の辺地を旅して30年。今まで病気をしたのは1回だけ。それもデング熱という、カが媒介する熱帯病だけです。
 病気らしいものにかからなかった理由は、子供の頃に接した大人たちの教育と判断、更には辺地に行くことで、自分の能力を最大限引き出すことを必要としたからに他なりません。
 こうして無事に戻ってくると、自分がまたひとつ新しい『本能』を身につけ、より強い自分になれたような気がします。

 このような考えのもと、「ジャポニカ学習帳」の原稿を書く時には、『自分で考えられる余地』を残すように工夫を凝らしています。

文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進

 
 
 
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