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コラム
 

第8回「日本のおかしなテレビコマーシャル」

 私はテレビ番組の製作にも携わっていますが、自宅でテレビを見ることがほとんどありません。それは、つまらない番組が多い、ニュースが暗い、仕事が忙しいなど、さまざまな理由からです。
 逆に、海外に出かけると、自分がいる場所の新しいニュースを手に入れるために、ホテルに戻ると必ずテレビをつけます。つけっぱなしは良くないと分かっていても、ニュース見たさについやってしまいます。また、テレビから流れ出る映像は、その国を知るためにも役に立っています。いわば、その国の一つの顔なのです。

 世界中のテレビを見てきましたが、ある日、日本に帰った時に、非常に不愉快になったことがありました。
 それはテレビコマーシャルが原因でした。
 海外のコマーシャルは作りが非常にオーソドックスで、言おうとすること、商品などに関しては単純明快。出演する人もさまざま。お金はそれほどかけていないが、きちんとした作り方をしている、というのが共通点といえます。
 それに比べて、日本のコマーシャルの多くに見られる傾向は、『お笑い』です。どれもこれも笑いにのせて商品をイメージ付け、印象深くしています。良く言えば、誰もが楽しめるコマーシャルにしようという工夫の現われとも考えられます。(もちろん、なかにはオーソドックスなコマーシャルがあることは承知しています。)

トンパの少女

 どちらが良いとは言えませんが、この差というのは一体なんでしょう?
 一言で言えば「イメージの貧困さ」を示していると、私は考えています。
 商品の内容などどうでもいい、三十秒か一分の間に、いかにその商品名を覚えさせ印象付けるかという、言いかえれば消費者の側に立っていない方法に他なりません。これと同じことが選挙の時に行われています。むやみやたらと立候補者の名前を繰り返し、がなりたてる。それが票の獲得につながると言うのですから、悲しいことです。

 海外の多くのコマーシャルを見ていて感じることは、静かだが印象深く上品さがあることです。コマーシャルを見ていると、さまざまなことがイメージできます。洗剤を使っている家庭が映し出されたら、洗剤だけではなく、その家庭の暮らしまで想像できるような作りになっています。見終わった後が気持ち良い、同じものを見てもさわやかに見える、少し褒めすぎかもしれませんが、感性をくすぐる何かをもっています。
 それは作る側に、見る側以上に豊かな感性が備わっているからです。笑って楽しく、しかしそれでお終い、という世界ではありません。
 コマーシャルが流れているその時ではなく、流れ終わった瞬間から後に、勝負をかけているのかもしれません。

 海外から日本に来る旅行者が、日本のテレビコマーシャルを見てどう思うでしょう。日本人はいつもへらへら笑ってばかりいる、幸せな国民なのでしょうか。
 それが真実かどうか、私たち日本人が、一番良くこの国の現実を知っているはずです。

文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進

 
 
 
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