
緑が美しい季節になりました。
ここ数年、私は地元の小学生とお米を作っている、という話を前に書きました。一般的には野外活動とよばれるものでしょうが、私自身はあえて「野良仕事」とよんでいます。
最近は、子供たちを野外活動させる組織が増えました。その活動の多くが非常に行動的で、子供と保護者が喜びそうなプログラムを準備しています。活動内容を見ると、サイクリング、カヌー、キャンプ、スキーと横文字の活動が並んでいます。このようなスポーツを通して自然に親しむ、というのが名目なのでしょう。

組織的野外活動が始まったのは、いったいいつ頃でしょう。ま、時期はいいとして、組織的野外活動で自然に接する気持ちや態度が、以前とは全く違うものに変化した、と私は感じています。
一言で言えば、「自然に対して攻撃的になった」ということです。先ほどの横文字の羅列を見てもわかるように、全て欧米から輸入されてきたスポーツです。
欧米の自然に対する姿勢や気持ちと、日本人のそれとでは、基本的に異なります。欧米では、自然は対峙するもの、日本では恐れ敬うもの、でした。
自然そのものについても、欧米の自然に見られる人間排除的な荒々しさやけわしさに対し、日本の自然は、曲線的な優しさと懐に包み込むような奥深さ、という大きな差を見出せます。その違いが人間の生活や死生観にも現れていることは、さまざまな本に書かれているので、ご存知の方も多いかと思います。
自然への攻撃的な接し方が増えることにより、何が変わるのでしょう。
おそらく、自然への気持ちが大きく変化するのではないか、と私は心配しています。元来、日本人にあった「自然を敬い、自然を恐れる気持ち」が薄らいでゆくのを感じるからです。
攻撃的になると、邪魔なもの、利益にならないものは破壊し、より人間にとって経済的利益があるものに作り変えてしまう、という恐ろしいことを、何の躊躇も無く、当然のことのようにやってしまうのです。
平気で他人の生活や内部に立ち入った結果のような事件が数多く報道されますが、これと同じことを、今の野外活動は平気で推進しているのです。
世の中には、近づいたり触れたりしてはいけないもの…人間の心と同じように…があることを、再認識しなければいけません。
私がやっている野良仕事は、一つの攻撃的自然破壊です。しかしそれは、人が生きるための基本的な行動であり、また、畑や田んぼという新たな自然環境を作り出しながら、どうか人間を生かしてほしい、という願望でもあります。
野良仕事の基本は、「自然にはかなわない」という謙虚な心なのです。
文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進 |