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コラム
 

第13回「食品の安全性について一言」

 このところ、危険な食品についてのニュースが続いている。政府、流通業者、生産者などに責任があることは自明の理だ。
 毎日のように流れてくるニュースから、私はさまざまな「ごまかし」を感じている。
 私同様の疑問を持たれた方も多いと思うが、製造業者の弁には、これっぽっちも責任が感じられないのはどうしたことだろう。

危険な食品に関する報道

 例えば酒造メーカーについていえば、どれも有名メーカーであり、その味を売り込んで成功しているところばかりだ。一度「おいしい」という評判がつくと、それは販売量の増加に結びつく。生産量を増やし、多くのファンに提供したいというのがメーカーの言い分であろうが、はたしてそんなことが可能なのだろうか。
 料理を作る場合、味の決め手となるのは「素材のよさ」だ。料理人は良い食材を求めて研究を重ね吟味し、自分なりの判断と知恵で魅力的な料理を生み出してゆく。更に素材の質は、季節や時代によっても変化する。

 では、これらの酒造メーカーは、食材(原料)の吟味をしなかったのであろうか。
 汚染された米であろうと、普通の米であろうと、味は変わらないのだろうか。
 吟味をすればするほど、生産量は少なくなるはずだ。
 記者会見では、「良いものを作ろうと努力しているのに、メーカーとして大変迷惑を被った。」という言葉が聞かれた。責任を全て、自分以外の所に置いている表現だ。おいしいものを作り続けるために「材料にこだわる」とか「吟味することの重要性」についての認識が全くないことを証明しているようなものだ。
 製造業者は、「いったん売れれば、名前だけで売れてゆく。消費者なんてちょろいもんだ。」とでも考えているのだろうか。
 この事件からは、「味」に対する自負心やこだわり、さらには消費者への気持をなくした製造業者の経済主義しか感じられなかった。

 食品は、安全であることが大前提だ。少しの量なら安全でも、その「少し」を毎日摂取すれば、状況は変わる。
 例えば、佃煮のように一度に少量しかとらない食品なら許可されている添加物が、一度に大量に食べる可能性のある食品には添加禁止となっている例も少なくない。これは、その添加物に毒性があるということを、自ら証明しているようなものだ。
 今や大量生産、多量消費、大量破棄の時代だ。そのなかで起きた事件であることは間違いなく、我々消費者側の無意識にも、責任の一端があることは否めない。

 しかし、こんなことがいつまでも続くはずがない。近い将来、人類には食糧危機が訪れる。いや、もう始まっている。長期的にみると、温暖化の後には、寒冷化が待ち構えている。
 そして食糧危機と同時に、危険な食品が増える可能性も高い。危険食品を回避する方法は、材料を自ら生産できない多くの人にとってはないに等しい。
 だが、冷凍食品を食べるよりも、自分の手でひとつひとつ作った食べ物の方が、少なくとも生産過程における危険は回避できるのだ。

 昔から「医食同源」と言われているように、我々の健康は、全て食品にかかっている。
 家族で、おいしい食事を安心して楽しくいただく以上の幸せはない。

文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進

 
 
 
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