
私の住む山梨県の北西部でようやく紅葉が始まった。例年11月中下旬が見ごろだ。
少年時代を九州で過ごした私にとって、木々の紅葉は驚きでもあった。九州は多くが照葉林であり紅葉は見られないからだ。そのころの私は「日差し」で秋を感じていたのかもしれない。
それはさておき、紅葉の時期は私にとって人心地つく季節だ。というのは、一年じゅう植物や昆虫を追いかけていると休む暇がない。もちろん紅葉の季節も撮影するものはたくさんあるのだが、それほどあせらなくても間に合う。
それにこの時期の山の空気が心地よいので疲れることもない。ときには愛犬を連れて出かけることもある。
紅葉した葉を一枚一枚ゆっくり見てゆくとさまざまな発見がある。
桜は落葉が早いのですでに木は丸裸だが、根本には赤く染まった葉がたくさん落ちている。
ダンコウバイの黄色い葉は雑木林の中でもひときわあでやかで、遠くからでもその存在が分かる。
いま私が熱中しているのは、一本の木にさまざまに色づいた葉をつけた種類だ。身近なところでは柿の葉がある。柿の葉は大きいので観察も容易で楽しい。
全体が黄褐色になった葉、まだうっすらと緑を残した中に、ほのかな黄色の部分が出てきている葉は美しい。なかでも根本が黄色で葉の先端に行くにつれオレンジ色に変化した葉はそのグラデーションの細やかさに目を見張る。
ゆるやかなグラデーションをもつ紅葉もいいが、一枚がモザイク状に色づいている葉は、これまたすばらしい。
ずいぶん前に見ただけなので記憶はあいまいだが、カツラではなかっただろうか。いずれまた探したいと思っているがなかなか機会にめぐまれない。
その葉は、まるでステンドグラスのようでもあり、しかも一葉ごとに模様がちがう。
紅葉探しは美しさを探す遊びだが、林を歩いているとあることにふっと気がつくことがある。それは「静けさ」だ。
ふだん私たちはさまざまな音に囲まれて生活をしている。意識しようとしまいと音は勝手に入ってくる。多くが人工的な音で、ときには耳障りになる。
晩秋の林の中で聞こえるのは落ち葉をふむ自分の足音と木々の間を通りぬける風の音ぐらいなものだ。
あ、こんな音があったのかと気がつくことも多いが、何といっても静けさの中でときどき聞こえる自然の音が心地いい。今世界から消えているのは「静けさ」と「平和」だと思っている私にとっては一つ取りもどしたような気になる。
紅葉めぐりをしながら自然の音にふれ、「静けさ」の大切さを子どもたちに感じてほしいと思っている。

文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進 |