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コラム
 

第27回「なまはげ 」

 僕は小学生1~3年を秋田県の男鹿半島船川港で過ごした。昭和30年前後のことだ。そのころのことは今でも心の中に鮮明に残るが、とりわけ自然の情景が心から離れない。
 「ふるさと」の歌に詠まれた自然が、そのまま生活の一部にあった。
 そして毎年大晦日になると恐怖感とともに思い起こされるのが「なまはげ」だ。
 僕の家は裏の杉山に近い場所にあった。坂を少し歩いて行くと、薄暗い杉林に入り、そこにほこらがあった。
 僕と姉は怖いもの見たさでときどき出かけて行きほこらの中をのぞき込んだ。
 中は暗く、格子の間からかすかに見えたのは一対の「なまはげ」のお面だった。
 ドキドキしながら大きなお面に光る眼玉が見えると「ヒェー~」といいながら一目散に逃げた。
 そのころに聞いた話だが、なまはげのお面は紙を毎年一枚張り重ねていったらしい。そのため古い面は大きく分厚くなり形相も尋常ではなかった。ボサボサの髪の毛が余計に恐怖心をかき立てた。
 赤鬼と青鬼の対の面は当時の僕には1メートル以上もあるように見えた。
 問題は大晦日の夜だ。あの「なまはげ」がやって来るのだ。
 うちはほこらから一番近かったので、僕たち兄弟がまずその犠牲者となる運命にあった。
 なまはげが来る前に「使いの者」が家を訪ね、なまはげを入れていいかどうかを聞いてくる。
 僕たちは泣きわめきながら「悪いことはしないから入れないで!」と両親にすがった。
 両親が「ほんとか!?」と聞くので、「ぜったい悪いことはしません」と顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら誓ったのだ。
 両親の言葉にかすかな安ど感を覚えて「紅白歌合戦」を聞いていると、外からなまはげのどなり声が聞こえてくるではないか。
 「泣く子はいねがー、悪いわらしっこはいねがー」ドンドンドンと大きな太鼓の響きも聞こえる。
 僕たち兄弟は予想外のことに驚き、押し入れの布団の間に逃げ込んだ。
 玄関がガラッと開き、なまはげが乱入してくる気配を感じた。
 「泣く子はいねがー、悪いわらしっこはいねがー」
 僕たちは押し入れの布団の中で震え泣き叫んだ。戸がこじ開けられ、なまはげが僕たちを引きずり出した。大きな包丁を持ったなまはげが、僕を押さえつけ「もう悪いことはしねかー、泣かねがー」と大きな顔で迫ってきた。
 「しませんっ、しません・・」そのときの僕の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたに違いない。

 おそらく両親がお酒と心付けを渡したのであろうか。なまはげは僕たちを解放してくれた。

 この経験は今でも忘れることがなく、悪いことをすると恐ろしい目に遭う、という教訓を僕の心に深く植え付けた。
 教訓を言葉ではなく、行事や風習の中に多く取り込んだ先人の知恵には学ぶべきことが多いと感じる。
 今年も一年が終わろうとしている。人にとって「今が一番大切」
 この一年がよくても悪くても、今日一生懸命生きることで次の時代が来ると確信している。

※この文章は2009年12月に執筆された文章です。

写真:秋田県産業経済労働部 観光課

文・写真:ジャポニカ学習帳「世界特写シリーズ」取材班 山口 進

 
 
 
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